会津若松城 – 日本100名城

日本100名城
城郭名会津若松城(鶴ヶ城)
設置場所鶴ヶ城売店出口
インク色
スタンプの種類シヤチハタ
100名城No.12
所在地福島県会津若松市
押印日2025年8月5日

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会津若松城(鶴ヶ城)の概要

福島県会津若松市のシンボルとしてそびえ立つ「鶴ヶ城(つるがじょう)」。正式名称は「会津若松城」ですが、地元では古くから「鶴ヶ城」の愛称で親しまれています。

その歴史は古く、1384年に葦名直盛(あしな なおもり)が築いた「黒川城」が始まりとされます。 戦国時代末期、豊臣秀吉の命でこの地に入った蒲生氏郷(がもう うじさと)が城を大改修し、近世的な城郭へと生まれ変わらせました。この時、城の名も「鶴ヶ城」と改められました。

鶴ヶ城の名を歴史に刻んだ最大の出来事は、幕末の戊辰戦争(会津戦争)です。 旧幕府軍の拠点となった鶴ヶ城は、新政府軍による約1ヶ月にわたる猛攻にも耐え抜きました。この籠城戦は、城の「難攻不落」ぶりを世に知らしめるとともに、白虎隊の悲劇など、会津の苦難の歴史を象徴するものとなりました。

激戦の末に開城した後、城の建物は1874年(明治7年)にすべて取り壊されましたが、1965年(昭和40年)に天守閣が鉄筋コンクリートで再建されます。

現在の天守閣の最大の特徴は、美しい「赤瓦(あかがわら)」です。これは2011年に、幕末当時の姿を再現するためにふき替えられたもので、日本の城郭では唯一のものです。

城跡は「鶴ヶ城公園」として国の史跡に指定されており、五層構造の天守閣内部は、会津の歴史や文化を学べる博物館となっています。また、敷地内には千利休の子・少庵が建てたと伝わる茶室「麟閣(りんかく)」も現存(移築・再移築)しており、見どころの一つです。

幾多の歴史を乗り越えてきた壮大な石垣、そして白亜の壁に映える赤瓦の天守閣。会津の魂とも言える鶴ヶ城へ、ぜひ一度足を運んでみてください。

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